草原を抜け森の奥深くに存在する遺跡、古代神殿跡。  城郭都市ペジュオンの歴史の中で、初期の頃から探索、及び調査が続けられている遺跡であ り、今なおその謎が解明されていない遺跡である。  その内部には今までに発見されていない隠し通路や隠し部屋が数多く存在するといわれ、実 際に多くの冒険者達がそこで発掘品を探り当てていた。  ただ、当然ごとくここには危険も多数存在する。おおがかりなトラップからアンデットなど のモンスターまで、その種類は多種多様である。つい先日は、ここで「神々の教え」という杖 が発見されたのだが、その探索時にも命を落とした者がいたという話だ。  過去の建築技術が高度だったのか、はたまた魔法がかけられているのか。この古代神殿跡は、 今なおその巨体を当時の姿のまま大地にそびえ、、ただ時の流れに身を任せている。木漏れ日 の中、静かに立ち潜むその姿はいっそ壮観でさえあった。    と、そんなことには一切気にせずに。  レイルとリリムの二人は、古代神殿跡の目の前に立っていた。  太陽もいつのまにか頭上の真上にあり、黙々と大地を照らしている。  その遺跡を見て、健やかな笑顔をしながらリリムは一言。 「さて、なにごともなく到着したわけだけど・・・・・・」 「―――ちょっと待て、何がなにごともなくだ!」  リリムのしらじらしい言葉に、レイルはおもわず突っ込みを入れた。  実はここにくるまでに何回か戦闘をあったのだ。  一回目はペジュオンを出てからすぐに襲われた。黒いスーツに身を包み、蒼穹の腕輪をつけ ている目つきの悪い男だ。片手に握り締めているバタフライナイフで切りかかってきたのだが、 レイルが軽く傷を負った瞬間、流れ出る血をみて気絶してしまった。どうやら血が苦手らしい。 当然そのままほったらかしにしてきた。  二回目は街道を歩いているときに襲われた。黒いミスリルアーマーを着て少しだけ魔法を使 う男だった。ただ、なぜか盾を使用してのシールドアタックを多用していたため、しばらくす ると戦闘がワンパターンになり、さくっと撃退された。お腹が空いていたせいか力がでなかっ たようだが、ペットでも食うか・・・・・・というつぶやきが気になったりした。  三回目は道を外れ、森に入ったときに戦闘を申し込まれた。黒騎士なのに青い甲冑に身を包 み、口元が開いている仮面を身につけている青髪の男だ。これはなかなかの戦闘になったが、 たまたまレイルがもっていた英雄の護符の効力によってなんとか勝利を収めた。失礼・・・・・・と、 わざわざ挨拶して去っていく姿から、礼節を重んじる性格なのだろうと思った。  今日はなぜか”黒”に縁があるように思えてしかたがなかったりするレイルだが、その時に リリムがしていたことといえば応援のみ。しかもなぜか、ピピピと笛を吹きながらの三・三・ 七拍子だったりする。 「いいか? ここにつくまでに戦闘が三回あったんだぞ。しかも全員なぜか俺が戦ったし。」 「それはさ、ほら、わたしって非力だから」  レイルはその言葉に半眼になり、リリムの右手に持つ物を見た。 「そういうのは、チェーンウィップを持ってるやつがいうことか?」 「あはは。あ、ほら。早く遺跡に入らないと」  ―――あっさりと流すなよ・・・・・・。  レイルは胸中でぼやいたが、きっともう何をいっても無駄だろうと思い何も言わなかった。 ペジュオンから古代神殿跡までという比較的短い道のりの時間に、彼はリリムの性格をほぼ 正確に捉えていたのだ。      入り口となっている場所から古代神殿跡に入ると、そこは広間のように大きな部屋になって いた。真ん中には二階へとつづく階段が存在し、部屋の左右には他の通路への入り口がある。 見上げると、天井はとてつもなく高く、壁にはいくつもの窓が設けられている。  その景色を一言で言い表すならば、人気の無い教会・・・・・・といったところか。  その中をリリムは迷う事無く進み、広間のような部屋の右側にある通路に入った。  周りを軽く見渡しながら、後ろをついていくレイルはリリムに話しかける。 「で、どうする? 軽くこのあたりを探索して、アイテムを発掘してから隠し通路とやらにい く?」  リリムは振り返らずに首を振る。 「ううん、いいよ。今回の目的は完全に精霊晶の発見だからね。意識して他のアイテムは探索 しなくていいよ。ほら、体力のむだでしょ」 「それもそうだな。・・・・・・そういえば、隠し通路が他の奴に見つかってるっていう心配は無い のか?」 「え?」  レイルの言葉に、リリムは聞き返した。 「すでに他の奴に探索されてないかってこと」 「あぁ、その心配は無いと思うよ。仕掛けが作動した痕跡はなかったし、地面には均等に土ぼ こりがあったから誰も侵入してないと思う」  リリムは道をふさいでいる瓦礫の山を、ひょいっと軽くこえた。レイルはまたぐようにして こえる。 「フ〜ン・・・・・・ならお前が仕掛けを作動した事で痕跡は残って、地面をふんだから土ぼこりに は足跡があるってことか。てことは他の奴には見つかりやすくなったてことか?」 「まぁそうなるね。でも、今まで見つかってないから平気だよ」  ―――だといいけど。  レイルの胸中の考えをよそに、リリムはひょいひょい気軽に歩いていく。  レイルは通路の窓から何気なく外を見た。  この通路には光源としてか、頻繁に石の壁がくりぬかれているために外が見えるのである。  見渡すかぎり森や草原に埋め尽くされ、ほんの視界のはしっこにペジュオンの城壁が見える。  その瞬間、ふと気配を感じたレイルは視線を鋭くし、ある一箇所に意識を集中した。  森の木々の隙間から、青い帽子と青いマントを身に付けている人が見える。  その男は、赤い髪をゆらして宙に指で何か記号のようなものを描く。すると、ふわっと光の ようなものが男の周りに出現した。そして次の瞬間、男の姿はその光と共に消え去っていた。  ―――・・・・・・! 「え〜と・・・・・・ここらへんのはずなんだけど・・・・・・って、どうしたの?」  立ち止まり外を見ているレイルに、リリムは不思議そうに聞いた。  彼の視線の方向に顔の向きを変え窓の外を見たが、そこには何も変わったものは見えなかっ た。もう一度レイルの方を向く。 「・・・・・・なにかあったの?」 「あ・・・・・・いや、なんでもない」  レイルは軽く首を振る。  もう一度さききほどの場所を見るが、やはりそこにはもう何もありはしなかった。  リリムはまだ不思議そうな顔をしていたが、レイルが何も言わないのを見て、どちらからと もなくまた歩き出した。 「で、どこらへんなんだ? 話していた隠し通路とやらは」 「え? あ、ほら。もうそこ。その右側」  レイルの質問に、リリムは前を指差しながらいった。その方向には、二つの道に分かれてい る道があった。 「こんなに入り口から近いのに誰もわからなかったのか・・・・・・?」  レイルは思わず疑念を抱く。遺跡の奥深くにあるのなら今まで誰にも発見されていないのも 分かるが、まだ遺跡にはいってから10分も経過していない。これぐらいなら、国や他の冒険 者達によってそこら中が探索済みだろう。  しかし、リリムはそのレイルの言葉にと不適に笑うと、またまた無い胸を自身満々にはった。 「まぁ、わたしもそう思ったんだけどね。ひょっとしたら〜と思ってさ、探索してみたの。そ したら案外難しい仕掛けがあってさ」 「難しい仕掛け?」 「そう」  そういいながら二人は右に曲がった。しばらく進むとそこには・・・・・・。 「・・・・・・おい。行き止まりだぞ」  リリムの後ろにいたレイルには、目の前に堂々と存在する壁が見えた。  当然その先には何も無い。 「あのねぇ、行き止まりだからって何も無いわけじゃないでしょ」 「気にするな。言ってみただけだから」 「・・・・・・はいはい」  あきれ声のリリムは、右手と左手を両方の壁にのばす。  通路の幅はちょうど三人ぐらいが横一列になるときゅうくつになるぐらいの広さのため、リ リムの両手はやすやすと両方の壁に触れた。  そのまましばらく何かを探るかのように壁の表面を滑らせる。 「みてなよ。ここの仕掛けを左右同時動かしてね・・・・・・」 「あぁ・・・・・・」  レイルはじっとしてリリムの動作を見ていた。万が一トラップなどが作動したときの為に、 気を抜かずに周囲の壁を見据える。  そして―――そのまましばらく二人はじっとしたまま・・・・・・。   何も起こらない時間が過ぎた。  「・・・・・・」 「・・・・・・」  リリムはふぅ、と息をつく。額にはなぜか汗が浮かんでいる。 「・・・・・・」 「・・・・・・もしかして、仕掛けが作動しないとか?」  レイルは乾いた声で聞いた。  リリムは振り返ると、てへ、と笑いながら一言。 「うん!」 「・・・・・・」  レイルは無言で踵を返し、その場から去ろうとする。 「って、ちょっと待ってよ! なにその反応は! こういうときは、まぁしかたがないよな。 とかそういうことをさりげなく言ったりする場面でしょ!」 「あのなぁ! なんのためにここまできたんだよ! 隠し通路に行けないんじゃ何もしようが ないだろ! だいたいそういう場面なのか!?」  リリムは笑って、 「冒険には困難がつきものよ」  レイルは今度こそ本気で踵を返した。 「あ! ちょっと、冗談だってば! もう、冗談も通じないんだから」 「どこから冗談なんだ?」 「仕掛けが作動しないってとこの後から」  ―――結局だめじゃないか。   レイルは思った。  その思いが顔から読み取ったのか、リリムは少しだけまじめな表情になる。 「ここであってるんだけどさ、なんかおかしいのよ」 「おかしい?」  こくん、リリムは頷くと壁に視線を向けた。 「なんか仕掛けが変わってるの。こう、無理やりとめられてるって言うのかな・・・・・・」 「・・・・・・それって」  ―――・・・・・・!  次の瞬間、レイルは何かを感じとった。  ほんの少しだけ空気が違うような、何かが異質なものになるような感覚。それは刹那のでき ごとでしかなかったが、レイルにはそれだけで充分だった。  振り向きざまに剣を抜き一閃。そして瞬時に重心をずらし、体をひねるようにして後方へ― ――さきほど通ってきた通路の方へと体を向ける。  きぃん、という金属音が通路に響き渡り、レイルの足元には二本の短剣がたたきおとされた。 「おぉ!すごいすごい!」  リリムは歓声を上げ、パチパチと拍手をする。  しかしレイルは相手にせず、ただ黙って目の前を見据えていた。  その視線のさきには一人の青年がいた。  何をするわけでもなく、ただ静かにそこに立っている。  「殺気は消したと思ったんだが・・・・・・」 「消しきれてなかったようだな」  余裕の口ぶりで言い返しながらも、レイルの胸中は内心冷や汗ものだった。  遺跡にはいる前からずっと周囲への注意は怠らなかったつもりだ。すでに発掘されている遺 跡の入り口周辺とはいえ、何が起こるか分からない。しかしこの青年の気配は一切感じなかっ た。おそらく短剣をなげつける際の殺気に気づくのがもう少し遅ければ、もうレイルの首はな かっただろう。  ―――さしずめ職業的なアサシンってところか。  レイルはゆっくりと深く深呼吸をする。あせる気持ちを抑え、静かに平常心を取り戻す。 「・・・・・・」  男は何も言わず、無言で別の短剣を胸元から取り出した。  そのままレイルに向かって構えをとる。 「さて、どうする?」 「・・・・・・何が?」  レイルはわかりきったことを聞いた。 「戦うか、逃げるか」 「逃がしてくれないだろ、どうせ」 「いや、お前らがしばらくここにこないというのなら逃がしてやる」  青年の言葉にレイルは少しだけ怪訝そうな顔になった。おそらく後ろにいるリリムも同様だ ろう。青年の顔色から何かを読み取ろうとしたが、完全な無表情の壁からは何も分からなかっ た。 「・・・・・・信じられないな。アサシンがそんな事を言うなんて」 「信じなくてもいい。それはそちらの自由だからな。・・・・・・さぁ、どっちだ?」  青年は言い放つ。  レイルは考え、答えようと思った瞬間、 「なぁにいってるの。戦うに決まってるでしょ!」 「・・・・・・って、おい!かってに決めんなよ!」  後ろから声高々に宣言するリリムに、レイルは本日数回目の突っ込みを入れた。 「なぁに、レイルは。逃げるつもりだったの?」 「いや、そんな事は無いが・・・・・・」  言いよどむレイル。  それをみてリリムは明るい声で―――背中のほうにいるため表情は見えなかったが、きっと、 ふっとわらっていたのだろう。 「いい?こういう職業の人がいるってことは、本当に何かがあるってことでしょ」 「まぁ、それもそうだが・・・・・・」 「でしょ、てことはそれが精霊晶であることもあると。―――と、いうことでがんばってね」 「て、俺かよ!」 「あったりまえでしょ。わたしは非力だから戦闘には参加しないから―――」  そこで声を潜め、レイルでさえ聞こえるかどうかのぎりぎりの声でささやいた。 (なんとかして仕掛けを作動させるからちょっと頑張って・・・・・・・。)  ―――まじかよ・・・・・・  確かにリリムの提案は正確な判断の元にだされたものだ。  狭い通路では二人であっても一人であっても同じこと。結局狭い通路では一人ずつしか前線 に出て戦闘が出来ないからだ。  ―――でもなぁ・・・・・・  正確に現状を考察すると、一人で戦うとなるとどう考えても自分が不利なのだ。  一つ目は剣の特性。青年の武器は短剣のため狭い空間―――特に今の場合のような通路でも 扱う事は出来るが、レイルの持っている剣は長剣の為、どうしても攻撃がしにくくなる。  二つ目は職業的な差。アサシンと聖戦士ではどう考えても分が悪い。  結果、一人でこの不利の要素をなんとかしなければならない。  ―――ちくしょ〜やってやる!  心のなかで涙を流しつつ、レイルは青年に完全に意識を集中した。  全ての感覚が鋭敏化していく。 「死を選ぶか・・・・・・結局だれもが同じか・・・・・・」  瞬間に見せた悲痛の表情は、そのときレイルには分からなかった。    突如迫ってきた短剣は、恐ろしいほど鋭くレイルを襲った。視覚範囲の右隅からの攻撃。レ イルは身をひねるようにして避け、一気に長剣を勢いにのせて振り上げた。  しかし青年はほんの少しだけ体を動かすことで、やすやすと避けてしまう。  ―――くそ!  レイルは後方へと跳ぶ。  長剣の動きは、完全に男に読まれていた。しかし、レイル自身それはわかっていたことだ。 この空間で長剣ができる戦闘方法は大きく分けて三つしかない。すなわち、下から上へ切り上 げるか、その逆で切り下ろすか、それとも突くか。もうすこし広いところなら斜めや横の攻撃 が出来たのだが、それはここでは出来ない事だった。  ―――リリム、早くしてくれ!  心の中で叫びつつ、青年の短剣をはじく。  その瞬間、レイルは大きく前に出た。剣を思い切り振り上げる。  青年は右足を後方へとずらして避け―――そしてレイルの右足は、青年の左足を踏んでいた。 「おりゃぁ!」  掛け声と共に左足を大きく蹴り込む。剣をふりぬいたせいか、遠心力によってその蹴りは勢 いよく青年の懐に飛び込んだ。 「・・・・・・くっ」  どん、という音の後、くぐもった声が青年の口から漏れた。  青年の返撃を避けるため、レイルは大きく間合いを取った。  なんとか一撃を加えることが出来たとはいえ、手数では青年の圧勝だった。致命傷はないが、 切り傷はレイルのいたるところにできてしまっている。 「油断したな・・・・・・ただの自信過剰なやつではないみたいだな」 「おほめにあずかり光栄です」  青年の言葉にレイルは皮肉で返した。 「・・・・・・俺も本気でいってやろうか!」  青年の言葉は本当に言葉どおりのものだった。  ほんの一瞬、わずかな動きによって出現した数本のダガーはレイルに投げつられていた。  ―――まじかよ!  できるかぎりダガーを剣ではじくと、とっさに体を横にずらす。その目の前を短剣が通り過 ぎた。  いつのまにか間合いを詰めていた青年は、なおも攻撃を繰り返す。  だんだんレイルは後方へと押されていく。  ―――まずい!このままじゃ・・・・・・!  レイルが思った瞬間――― 「・・・・・・ぐは!」  ドカッという鈍い音と共に、レイルの体は吹っ飛ばされていた。 「これでお互いに蹴りが一発ずつだな」  振り上げた足をゆっくりとおろし、青年は笑った。冷たい微笑だった・・・・・・。  ―――まずいな・・・・・・もう完全に動きがばれてる・・・・・  蹴り飛ばされた体を起こし、剣を構えなおしながらレイルは思った。   そして、レイルが―――    「よし! ビンゴ!!」  リリムは無造作に壁をおした。右手の壁石の一枚を下にずらし、左手の壁石の一枚を押し込 んでから右にずらす。足元の石を回転させるように踏み込み―――  突然、何かの音が聞こえた。きりきり、と何かを巻き上げるような音。  その音を聞いた瞬間、青年は驚いた顔をした。 「まさか、完全に仕掛けを止めたはずなのに! くそっ!」  青年は一気にレイルに間合いをつめようとし・・・・・・ 「な!」  激しく地面が揺れ、レイルと青年がバランスを崩した。瞬間、レイルの足元の石は突然無く なった。と、いうか突如として二つに割れたのだ。 「うわ!」  驚くレイルをよそに彼の体は当然のごとく重力につかまり、穴の下へと落ちる。  青年はとっさに体をなげだし、追いかけようとしたが、蹴りの時に間合いが大きく開いてし まっていたため、それよりも早く穴に滑り込んだリリムが仕掛けを戻してしまった。 「ばい〜♪」  バタン、と二つに割れていた石が戻り、そこにはもうなにもなくなっていた。  青年は自身の失敗を呪いつつすぐさま仕掛けを作動させようとし・・・・・・気がついた。  あの数分の間に、あの少女は仕掛けを直したばかりでなく、さらに変更し先ほどとは違った ようにしてしまっていたのだ。 「くそっ・・・・・・軽く見すぎていたか・・・・・・」  青年はつぶやいた。 右手はきつく握り締められ、何かを思いつめているかのようだった・・・・・・。  ―――  ―――  ―――そしてペジュオンの歴史はまた刻まれる           <続く>