その日のレイルという名の少年の日常は、実にごく普通に始まった。  太陽が昇ると共に目覚め大きく伸びをしてあくびを一つ。ベッドから起き出しいつもの装備 をつける。白いシャツに軽めのアーマー。指先がでるタイプの手袋をして、少しほつれた長ズ ボンをはき赤いバンダナを腕に巻く。ベッドのしたから長剣を取り出しポーチと一緒にベルト につける。寝癖をきにせずに部屋から出て、宿泊している宿のおっちゃんに朝の挨拶をして街 に出る。いつものレストランでくまさんのエプロンをつけている人にホットミルクとパンを注 文する。なんとなくボーッとしながらしばらく物思いにふける―――。  いつもならこの後マールの森に出発し、アイテム探索や鍛錬をするのだが、ここから彼の 日常は変わった。  城郭都市ペジュオンの、ある一角に店をだしているこのレストランは実に工夫されていて、 お店の外にはテーブルが出ておりそこでも食事ができるようになっている。しかもそこはなだ らかな坂の通りに面していて、坂の下のほうにはなんとも綺麗な景色がみえるのだ。  レイルはその景色を眺めながら食事をしていたのだが―――。  始まりは遠くから聞こえる、キャァ〜〜というやけに長く響いている悲鳴だった。その声は ちょうど坂の上のほうから聞こえ、レイルは不思議そうにそちらのほうに目を向けた。  悲鳴はだんだんと大きくなり、彼にもその声の主が見えた。  そこにいたのは少女だった。ものすごい速さで坂を駆け下りてきている。きっと何か急いで 走っていたのはいいが、予想以上に勢いがつき、足が止まらなくなっているのだろう。  レイルはそちらの方をみながら大変そうだな〜などと思った。  そして確かに大変になった。少女の進路に猫が飛び出し、さけるため大きく左へ、つまりは レイルの方へと変わったのだ。  少女のポニーテールが左右へ激しくゆれている。  「うわぁあぁ!あぶないあぶないどいてどいて!」  少女の叫び声を聞いた瞬間、そのときの彼の行動は実に素早かった。椅子を後方へと蹴って すべらすと、テーブルの上からパンとホットミルクの入っているコップを取り、パッと飛びの く。絶妙のバランス移動でコップの中のホットミルクはこぼれる事はなかった。  ―――そして彼の目の前に少女が走りこんできた。 「うきゃぁぁーー!」  どがしゃーん、というやけにリアルな音と悲鳴は、さっきまでレイルが使っていたテーブル を巻き込みひっくり返した。 「イタタ・・・・・・」  少女はぶつかった場所をさすりながらうめく。  レイルは心配そうに近づき、 「・・・・・・よし、テーブルは傷が軽くついただけだな」  テーブルと椅子を元の位置に戻し軽くチェックをした。 「って、あのねぇ!女の子の心配をさきにしてよ!しかも受け止めてくれても良いじゃない!  」 「別にあまり外傷はなさそうだったからな。それに避けろって言ってたろ」  レイルは少女に手を差出しながら言った。  少女はぶぅと頬をふくらませながらもレイルの手をつかみ立ち上がる。 「うん、ほんとに怪我はなさそうだな」 「まぁね。頭とかはきちんと防いでたから、腕とかが痛いだけね」  少女は軽く手を振ったり足を動かしたりして確かめる。  軽装をしている割にはたいした怪我はなさそうだった。  背負っていたザックの中も確かめ、壊れているものがない事を確認する。  店の中でこちらを見ていた店員に、レイルがテーブルと少女を指し示し大丈夫ですと手を振 ると、くすっと笑って仕事に戻っていった。 「よし、じゃあそういうことで」 「いきなりそういうこと言うわけ!?」  テーブルに戻り座ってもくもくとパンを食べ始めたレイルに、少女は不満の声をあげる。 「ちょっとは気にしてよね!」 「平気っていったろ、自分で」  レイルはホットミルクでパンを飲み下しながら言う。そして残りのパンを一気に口に放り込 むと、くいっとミルクを飲み干した。  その一連の動作を見ながら少女はふっと笑った。 「決めた、あなたの事テトラって呼ぶ」 「・・・・・・誰だそれ?」 「わたしが飼ってる犬の名前」 「俺は犬と一緒か!」  レイルはおもわず大声をあげる。  今まで16年間生きてきた中で、突然犬の名前で呼ばれたのは初めてだ。ていうか、呼ぶヤ ツも初めて見たが・・・・・・。 「だって、なんか食事のしかたがそっくりなんだもん」 「あ〜そう。分かったから行けよ。なんか急いでたんだろ?」  適当に受け流しながらレイルは言った。  その言葉に少女はハッと驚いた表情をして、レストランの外壁にかけられている時計を見た 。そして一瞬その顔は引きつった顔になり、続いてあせった表情になって、やがてハーとため 息をついた。 「はぅ〜・・・・・・もう約束の時間過ぎてるよ〜。遅れたら知らないからなって言われたのに〜」  レイルは無言で立ち上がると、会計を済ませようと店員のいる店の中へと向かった。まぁ、 少女のことはなんとなくかわいそうだとは思ったが仕方のないことだ。何かの約束を破ったよ うだが、さっきの出来事は事故のようなものだろう。  と、少女は視界にレイルが腰にさしている剣を見て声をあげた。 「あ、あのさ!ひょっとして戦士系の職業の人?」  レイルは振り返り、不思議そうに答える。 「あぁ、まぁそうだが」 「じゃあさじゃあさ、今なにか仕事の予定ある?」 「いや、別にないけど・・・・・・」  その言葉を聞いた瞬間、少女はよっしゃ〜!とばかりに拳をにぎりしめ、レイルの見えない 位置で軽くガッツポーズをした。そのままさりげなくレイルの方へと向き直る。笑顔に当社比 30%増しの輝きをくわえることは当然忘れない。 「えっと!頼みたい事あるんだけど」 「・・・・・・朝の和やかな朝食風景を壊し、あやまりもせずに頼みごとか」 「ごめん。で、頼みごと聞いてくれる?」  少女はあびれもせずに聞いてくる。 「あ、あのなぁ・・・・・・」  レイルはなんとなく怒りたい気分になったが怒れなかった。なんというか、まぁいいかとい う気分にさせる雰囲気が少女にはあるのだ。それに悪気があってやっているのではく本当に急 いでいるのだろう。  ふと、坂になっている道に目を向けた。赤い露出の高い鎧に両剣を持つ人や、カボチャの頭 をした人が道をとおりかかっている。  ―――カボチャ?  レイルはおもわず不思議にみたが、まぁそういう人もいるのだろう。うん、そうに違いない 。世界は広いのだから・・・・・・。  などとわけのわからないことを考えているレイルに向かって、 「お願い!聞いてくれるだけでもいいから!さらにOKしてくれると最高!」  少女は、パンと手をあわせ、拝むようにレイルに向かっている。  レイルはほんの少し考え、 「頼みってのは?」  と、少女に尋ねた。理由は簡単、単純に好奇心からだった。 「さっすが男の子!とりあえず自己紹介ね。わたしはリリム、15歳でトレジャーハンターし  てるんだ。これでもけっこう腕利きなんだよ。」  どこらへんに男の子が関係しているのかわからなかったが、ない胸を自身満々にはり、少女 ―――リリムはそう名乗る。  その言葉を聞いて青年は納得した。この少女のなにか変わった雰囲気はきっと職業のせいな のだろう。それにトレジャーハンターには変わり者が多いと聞いた事がある。  と、そんな考えを敏感に察したのかリリムは問い詰めるようにしてレイルにいった。 「今、変わり者〜とか思わなかった?」 「い、いや。そんなこと思ってないさ」  疑いの目を向けてくるリリムに、レイルは、あははと乾いた笑いを返す。 「え〜っと、俺はまだ名乗ってなかったな。俺はレイル。聖戦士の16歳。まぁ、そこそこの  腕前だな」  本心では自信があるのだが、なんとなくレイルはそういった。自分のなかでそういうことが いえない気がしたのだ。  リリムはちょっと笑って、 「そこそこの腕前ね〜、剣はきっちり使い込まれてるようだけど?」 「あ〜、・・・・・・ほら頼みってのは?まだ聞いてないぞ」  あからさまに話をずらすレイルをあまり追求せず、リリムは笑って話始めた。 「頼みって言うのは、手伝って欲しい事があるの」 「手伝い?」 「そう。ちょっと古代神殿跡にいくんだけど、一人じゃ心もとなくて。本当はある人と行く約  束してたんだけどものすごく遅れたからもういないと思うんだ」  リリムはぺロッと舌を出しながら言う。  古代神殿跡とはそのまま遺跡についている名前のことだ。  ペジュオンの比較的近くに存在し、マールの森につぐ旅人の探索地域になっている。とはい っても、珍しいアイテムが手に入る事があるとはいえ、マールの森よりも探索結果があまり好 ましくない事が多く、レイルはあまりいかない方だった。ある人いわく、堅実にいくならマー ルの森、一発逆転は古代神殿跡、といっていたらしい。 「あそこにいくんなら一人で平気だろ。別にトラップとかが大量にあるわけじゃないし」  わけがわからない、というふうにレイルは言う。  それを聞いて、リリムはまた無い胸を自身満々にはった。 「あのさ、精霊晶ってしってる?」 「・・・・・・あぁ、確か精霊の大いなる魔力を秘めた水晶の事だろ。精霊が創ったといわれる神秘  の結晶とかって言われた事もあるな。それが?」 「あるのよ」 「どこに?」  リリムはにっこりと笑うといった。 「古代神殿跡の奥に」  レイルは空を見上げた。どこまでも青い空が広がっている。  鳥が飛んでいるのが見えた。世界は平穏だ。  前の通りを大きな杖を抱え、全身をローブに見を包んだ人が通っていく。  その人を目線で追いながらレイルは思う。  ―――まぁ、いろいろあるからな。 「って、ちょっと!あからさまに無視しないでよ!」 「いてて、ちょい痛いってば!」  リリムはレイルの耳を引っ張り怒鳴る。  うぅ〜とうなりながらもなんとか耳を離してくれた。  「今までの人の中でなんか一番ひどい反応だったよ。何人かに話したけど、みんな普通に断っ  てたもん」 「あのなぁ、精霊晶っていったら、勇者の証や風のロザリオとかのレアアイテムの一種だぞ? それを15歳の女の子に言われて誰が信じると思う?冗談だ〜とか思うだろ、普通は」  レイルは赤くなった耳たぶをおさえながら言う。 「冗談でこんなこと言うわけ無いじゃない」  頬をぷぅ〜とふくらませ言う。  かなり感情を表現しやすい性格のようだ・・・・・・などとレイルはやっと気が付いた。 「なら、なんで知ってるんだ?」 「この前古代神殿跡にいって探索していたら隠し通路見つけてさ。不思議に思って王立図書館  でいろいろと調べてたらなんとなく精霊晶の話のような文章があったの。それに・・・・・・」 「それに?」 「これ以上は内緒。で、どう?一緒にいってくれるかな?」  レイルは少しだけ考えた。  おそらく確証はそれなりにあるのだろうと思う。それは彼女の話の中からもわかったことだ し、王立図書館で調べたのならそれはもっと真実味を増す。あそこには様々な貴重な書物が膨 大にあり、司書でさえその全てを理解していないのではないか、ともいわれている。その中か ら本当になにかの情報をみつけたのなら、例えそれは精霊晶でなくてもなにかがあるというこ とだろう。それに隠し通路というのも気になる。  リリムは考え込んでいるレイルに向かって、最後の提案をした。 「う〜ん・・・・・・じゃ、報酬払うよ。3000G。それにもしも何かあったら半分個にするって  ことで」  その提案はあまりも好条件だった。精霊晶があるかもというのに逆に気前が良すぎるきがす  る。これではレイルも少し疑いたくなった。 「本当にそれでいいのか?」 「うん。だってわたしは別にそういうのには執着しないから」  リリムはあっさりとそういう。  ―――よし。  レイルは決心した。リリムが別に嘘をついているようにも見えなかったし、実はほんのちょ っと・・・・・・いや、かなり好奇心があったのだ。レイルの冒険者の一人である。当然といえば  当然だろう。 「決めた。いくよ」 「やったぁ!ありがとう!」  リリムは本当にうれしそうに言った。  レイルは会計を済ませるために一度店の中に入り料金を支払い、また外のテーブルの方へと きた。 「で、いつからいくんだ?」 「今からいきたいんだけど・・・・・・平気?」 「あぁ。一応それなりの装備はしてるからな」  レイルは腰につけている剣と小さめのポーチだけが標準装備のため、いつでも出かける事が 出来る。リリムも元から行く準備をしていたので、準備は万端だった。 「うん。じゃあ古代神殿跡にしゅぱーっつ!」  リリムは元気よく歩き出した。  レイルは苦笑し、その後に続いた。  そしてふと、思った。  ―――こんな短時間で話せるようになったヤツって、初めてじゃないかな・・・・・・。  なんとなく、ほんのちょっとだけうれしい気分になった気がした。  同時なんとなくしゃくだったけども……。    ―――  ―――  ―――そしてペジュオンの歴史はまた刻まれる           <続く>