『お前が今持つものには重さがある』  自分の過去の記憶の中で、男は座って剣を握り締めながら言った。 『そして俺が持つこの剣にもその重さはある。……わかるか?』  男はそう少年に問いかける。  幼い少年は自分の右手にあるもの―――木剣をみて、きょとんとした顔になった。 『このもっけんはおもいよ?』 『そうだな。でもそういった重さじゃない』  男は笑って言った。  幼い少年は目の前にいる男、師匠と呼ぶべき人を見ながら首をかしげた。 『この重さに気が付けば、きっとお前は強くなれるよ』 『ししょうよりも?』 『ははは、どうだろうな』  男は幼い少年の髪をくしゃくしゃっと撫で、木剣を目の高さに掲げた。 『強くなるという事はそれだけの重責を負わなくてはならない。そして、その強さを必要とするなら、この木剣の重さに気が付かなくてはならない。そういうものだ』 『……う〜わからないよ〜』  男は静かに立ち上がり、うー、と伸びをして軽く息をついた。 『今のお前に分かったら俺はもう教える事はないよ。さて、練習を再開するぞ。素振りから30回』 『はーい!』  幼い少年は剣を構え、素振りを始めた。  それを男は真剣に、そして優しく見守っていた。  ―――重さか……  少年はまぶたを開けた。その瞬間、周りは過去の風景から一転して現実の空間へと戻る。  そこは広いオープンカフェテラスで、そのはじっこにあるテーブルの前に少年はいた。テーブルの上からホットミルクの入ったグラスをとり、口をつける。甘く暖かいものがのどをとおっていく。  過去の幼い少年はもう大きくなっていたが、それでもまだ少年であった。軽鎧や剣をつけてはいるが、どことなく16歳という年齢の雰囲気が全体を少し包んでいる。  グラスをテーブルに戻す。中身はもうなくなった。  軽く手を組み、背中を椅子の背もたれにあずけ空を見上げる。  ―――結局、師匠はあまりその意味を教えてくれなかったな。  少年の師匠はいつも謎な問いかけをしていたが、けっしてその意味を教える事はなかった。幼い自分にその答えがわかると思ったのか、それとも将来いずれ分かると思ったのか。おそらく後者なのだろうと思う。 もっとも、その問いかけのいくつもがいまだにわからないものだったが。  少年の黒い髪が風に揺れ、腕につけているバンダナがふわっと浮く。優しい風だ。太陽のかげんはちょうどよく、あまり暑くもない。人々ざわめきがどこか遠いものに感じられる。  少年はしばらくじっとして、静かに考えていた。  あの過去の日から今日まで、自分はただがむしゃらに強くなろうとしてきた。たくさんの戦いを経験し、勝ったり負けたりしながら剣の技を磨いた。あの日の師匠よりつよくなるため、師匠に認められるために。  ―――でも…。  でも、少年はまだ知らなかった。師匠の問いかけの意味を。  あの人はけっして意味のない事はしないひとだったし、冗談は言わなかった。だから自分は師匠を尊敬し、敬愛していたのだと思う。  だから少年は知りたかった。あの問いかけの意味を。強くなるという意味を。  そして、剣をもつというその意味を。 『しることができるとおもう?』  過去の幼い自分が、今の自分に聞いてくる。それは過去の記憶。  少年は唐突に思い出した。師匠が言っていた言葉を。  ―――できるだろうな。もしもお前が変わらずにお前でありつづけることが出来るなら。この俺に剣を教わってきた事を覚えているのならな。 『いつわかるかな?』  ―――さぁな。とんでもなく若いときかもしれないがとんでもないおじいちゃんの時かもしれない。  そして師匠はこうも言った。  ―――お前がお前でないものと一緒ならわかるだろうな。  夢想はやがて現実に戻る。  少年はふと、なにか大切なものを思い出した気がした。  それはとても小さいもの。  そしてとても広いもの。  ―――今ならわかるかな。  根拠のない思いだったが、少年はなんとなく真実に近づいた気がした。  剣を握り締める。あのときの師匠がしたように。  剣は硬い感触を手のひらにかえしてくる。  空は晴れ渡っていた……。   少年は何かの未来を感じた。    そして。    この物語は幾多の人の出会いを生む。    それは必然であり偶然でしかない。    しかし彼らはそれを待ち望んでいた。  時の女神は彼らの未来を知っていたのだ。    だから。    だから、そう。   ―――この物語はすでにはじまっている。